「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2024年4月19日 更新

#60

やりすぎた部屋。

脇坂肇

人と同じことをするのが、
何より嫌いな脇坂肇です。
キャンプが流行ったら、部屋にこもる。
ラーメンが流行ったら、カレー一択。
SUVが流行ったら、スポーツカー。
逆を行くのです。
それこそ私の生き方であり、
ここまで会社を続けてこられた理由。
というわけで、
昨今の風潮に反して、
この度、アレを新設することになりました。
しかも、気づいたら500万円も予算が…。

「あ、脇坂さん、
今日はちょっと面白い話があってですね…」

2023年の秋のこと。
不動産仲介をやっている仲間から
連絡をもらいました。

「小樽の老舗企業が廃業するそうなんですよ。
え、理由?
まあ、時代の変化に対応するのも、
ちょっと大変になってきて、
経営者もご高齢なので、
いっそ会社を畳もうか、
っていう話になったらしいですねぇ。
で、その経営者から、
不動産の処分を相談されているんです。
脇坂さん、興味あります?」

会社で持っているものだけでなく、
社長の個人名義で持っている不動産も含めて、
いくつか手放したいという話でした。
もらった物件のリストには、
会社の工場が建っている、
小樽市内の土地などが並んでいます。
しかし、そこには目もくれず、
私が反応したのは、
朝里川温泉にあるマンションの1室でした。

道外の方のために、少し解説すると、
朝里川温泉は、
小樽市の中心部から車で15分ほどのところにある
小さな温泉地です。
登別とか定山渓のような典型的な温泉街とは
ちょっと違って、
山間の道路の脇に宿が数軒あるみたいな感じのエリア。
目の前に朝里川温泉スキー場という
ローカルスキー場があるので、
合宿なんかに冬場は使われています。

その朝里川温泉に
「小樽 朝里クラッセホテル」があります。
札幌や小樽の人には聞き覚えがあるでしょう。
宿泊したことはなくとも、
日帰り温泉とかで利用したことがある人は
多いんじゃないでしょうか。

そのホテルに併設されていたマンション
「小樽マインリゾート・コンドミニアム」
の1室を、売り主の社長さんは持っていたんです。
2Fの通路でホテル棟とマンション棟が
つながっている構造になっている、
いわゆるリゾートマンションってやつですね。

リゾートマンションって、
バブル期に雨後のタケノコのように
どんどこ建てられていました。
自分たちが使わない時には人に貸し出して、
その利用料から利益が得られるため、
「資産形成にオススメです!」
なんて不動産会社が営業して、
バンバン売っていたように思います。
当時は
「持っておいて損はない!
だって、不動産の価値は上がり続けるし!」
みたいなムードでしたが、
バブルが弾けて不動産は暴落。
不景気に突入したので、
無駄なものはカットしようってことで、
別荘などの不動産はリストラの対象として、
どんどん処分されていきました。

該当の物件は27平米の1ルームタイプ。
1991年築のものです。
まさにバブルの名残。
売り主の社長さんは、
30年以上保有していたものの、
一度も泊まったことがなかったとか…。
勝手な想像ですが、
本当に欲しかった、とかじゃなくて、
おそらく仕事の付き合いか何かで、
買ったんじゃないかなと…。

ホテルとつながっていることから
察しがつくように、
このマンションの最大のウリは、温泉付きであること。
クラッセホテルの大浴場がいつでも利用できるんです。
2Fの通路でホテルとつながっているので、
外に出ないで、部屋からそのまま温泉へ直行!
これ、温泉好きには堪らないですよね。

さて、肝心のお値段ですが、
奥さん、いくらだと思いますか…?
な、なんと…!
250万円。
不動産としては割安だったので、即決です。

買ったものの、
私がここに住むわけではありません。
もしそうしたら、
温泉とサウナに入り浸って、
廃人のようになるでしょう…。

私が考えたのは、
会社の「保養所」として使おうっていう計画です。
保養所なんて今やレア。
持っている会社なんて極少数じゃないでしょうか。
だから、やろうと思ったんです。
ええ、ヘソが曲がっているとよく言われます。
そのせいで、よく酷い目にあいますが、
喉元過ぎればなんとやら。
また、今回もやってしまいました。

保養所なので、
当然、福利厚生の一環として、
社員たちには無料で使ってもらいます。
みんなに計画を話したら、
「え、本当ですか?泊まりたい!!」
という反応。
そうでしょう、そうでしょう。
朝里川温泉という場所は、
当社の銭函オフィスから車で15分〜20分程度。
週末の仕事を終えたら、そのまま朝里川温泉へ。
温泉に入って一週間の疲れを癒やしたら、
部屋でお酒でも飲みながらゆっくりする、
なんて最高じゃないですか。

クラッセホテルが隣接しているので、
管理費用を払えば、
ベットメイクや清掃などの管理を
まるっとお願いできるんです。
メンテナンスに手間がかからない点も、
この物件の魅力でした。

社員たちの喜ぶ顔が、私にとって無常の喜び。
やはり、
世界一社員想いの社長(私調べ)だけあります。

え?
そんなに社員想いだったかって?
ギクッ!

わかりました、勘付かれているなら、
マンション取得の本当の目的を白状しましょう。
それは…
当社のゲストハウスにするんです…!!!

解説します。

最近、ますます道外の設計事務所と
仕事をする機会が増えています。
東京、大阪、福岡なんかに加えて、
最近は広島の設計事務所との取引も始まりました。
いずれも倶知安ニセコの仕事がらみです。
皆さん、業界でも著名なトップランナーばかりですが、
いかんせん、
寒冷地の家を建てた経験がほとんどないんです。
だから、北海道で建てる際に、
色々アドバイスをしてくれるような、
地場のパートナーを求めているんです。

ありがたいことに、そんな会社のひとつとして、
脇坂工務店が選ばれることが
最近増えてきている、というわけです。

実際、建物を建てることになると、
やはり設計事務所の方々は、
北海道にある程度滞在しなければなりません。
施主さんや関係者との打ち合わせ、
現場の視察・確認などが発生しますからね。
皆さん、来道されたら、1~2週間泊まることもザラです。

私は、その状況を見ていたので、
この朝里川温泉の物件を知って、閃いたわけです。
道外の設計事務所の皆さんに、
宿として部屋を提供すれば、きっと喜ばれるはず!と。

わざわざ当社のような小さな会社を見つけてくれて、
北海道まで来てくれるわけです。
一緒に働く仲間には、
できるだけ気分良く過ごしてもらいたい!
という脇坂工務店なりのおもてなしです。

そんな青写真を頭の中に描きながら、
2023年12月に物件を取得。
具体的な計画が進み始めました。

築30年を超える古いマンションなので、
一度スケルトンにして、
まるごとリノベーションすることに。
内装設計をSさんにお願いしました。
某著名設計事務所出身で、
その事務所在籍時に、
ホテルの内装を幾度となく手がけられていたので、
今回のプロジェクトに適任だなと。

物件購入後、すぐにSさんに相談したものの、
最初の設計図が上がってきたのは、
3ヶ月ほど経った2024年3月のことでした。
なぜなら、ちょうど当社が依頼した別案件を
やってもらっている真っ最中。
そちらを優先してもらったので、仕方ありません。

ただ、結果オーライだったんです。
図面が上がってきた時期は、
ちょうど当社の現場監督や職人たちの
手が空いたタイミング。
だから、すぐに図面にGOサインを出して、
工事を進めることになりました。
たしか、図面が上がってきた翌週には
早速工事を始めていたんじゃないかな。
自社案件なので、話が超早いです。

完成予定は2024年4月末。
このわかる話が公開される頃には
ちょうど出来上がっていることでしょう。
最初はちょっと時間がかかったものの、
あとはスーパースムーズ!
めでたし、めでたし…

…………となるはずがありません。
何一つ不安のないまま、
スムーズに進行した仕事とは対照的に、
脇坂肇の心の中には、
ドス黒い不安がどんどん募っていったのです…。

ちょっと時間を巻き戻します。
元凶となったのは、
2023年12月に行ったSさんとの打ち合わせでした。

「社長、どんな部屋にしましょうか…?」
とSさんからオーダー内容を聞かれた私は、
「リッツカ●ルトンみたいな部屋にしてください!」
と力強く答えたのです。
おもてなしといえば、
滝川クリス●ル
じゃなかった、
リッツ・カ●ルトンだろうと。

私が初めてリッツに泊まったのは10年近く前、
関西出張の時です。
当時、滋賀にお住まいのお客さま(VIP)のところに
見積もりを持っていく、という任務があったんです。
せっかくの関西出張だから、家族も連れていこう、
ちょっと良いホテルに泊まろう、
なんて考えた私。
選んだのが大阪のリッツカ●ルトンでした。
当時、外資系の高級ホテルといえばココで、
ホスピタリティが素晴らしいと評判。
ならば、部屋の居心地もさぞや良いはず、
きっと仕事の参考になるだろうって考えたんです。

泊まったのはスイートルームです。
あ、勘違いしないでください。
私、脇坂肇、
こう見えて、というか、どう見ても商人なんで、
無駄に贅沢はしません。
少しでも安く!ということはまず考えるんですよ。
ちょうど泊まる日は3連休の最終日という
宿が空いているタイミング。
とびきりリーズナブルだったんです。
3人で数万円ほどだったんじゃないかな…。

かたや、京都はちょうど紅葉のピークシーズンで、
宿は軒並み超高額。
うまいことやりました、私。
こういうオトクをゲットして
テンションが上がっている自分は商人だな…
と我ながら思います。
もっと元をとろうと思って、
リッツカ●ルトンの歯ブラシも
持って帰ることも脳裏をよぎりましたし。

ちなみに、
ニセコのパークハイアットにも
泊まったことがありますが、
コロナ流行中の6月だったため、
ホテルはガラガラ。
なので、かなりの格安で泊まれました。
内装や建物のつくりなど知れたのは
いい勉強になりましたね。

何が言いたいかというと、
私はケチ…
ということではなく、
やはり高級ホテルの部屋はつくりが良い!ということ。
品が良いし、機能的だし、
過ごしていて非常に心地がよろしい。
しかもそれを限られたスペースで実現している。
27平米しかない朝里川温泉の部屋の
いいお手本だなと。
何より「ゲストの方にくつろいでもらいたい!」
というのが狙いの部屋ですから、
ホテルをお手本にするのは至極真っ当でしょう。

という考えがあっての
「リッツカ●ルトンみたいな部屋に!」
という私のオーダーに対して、
Sさんも
「わかりました!」
と見るからにテンションが上がっています。
資料として、著名ホテルを集めた書籍なんかを
いそいそと買い込んで、設計に励んでくれました。

800

3ヶ月後、設計図が上がってきました。
Sさんが描いたプランは、
確かに一流ホテルにひけをとらないもの。
いや、もうこれはその域を超えている!
さすが!
頼んで良かった!

が、ここで違和感を覚えたのです。
あれ、待てよ…と。
何か嫌な予感がする…と。

……ハッ!

気づいた私はSさんに質問します。

「ところで、Sさん、
このプランでリノベーションすると、
300万円くらいで収まるのかな…?」

「え?いやいやいや、それは流石に無理ですよ。
500万円はかかるんじゃないでしょうか」

え?

私、勝手にこのくらいの規模なら、
経験上300万円くらいで
リノベーションできるかなぁと、
ゆるく考えていたんです。
というか、300万円くらいで収められると
いいなーという勝手な願望がありました。
というか、正確に言うと
あまりお金のことを考えていなかった!

確かに、
「リッツカ●ルトンにしたい!」
と私は言いましたけど、
「リッツカ●ルトンにしたい!
それも300万円以内で!」
とは言っていませんでした。
性格上、なんかイヤなんですよね、
そうやって変にセコい考えでつくるの。
「高級ホテルのような部屋を、安くつくる」
って何かおかしいじゃないですか。

なので、Sさんに落ち度があるわけではなく、
彼を突然責めたところで、
「わ、この社長、ヤヴァい…」
と思われるのがオチなので、
「ご、500万円、
まあ、い、いいんじゃないかな…」
と答えておきました。
間違いなく私の顔はひきつっていたはずです。

「いやいや、300万円も500万円も
そんなに大きく違わないじゃないか!」
と思っている自分がいつつも、
かたや
「300万円じゃなくて、500万円…」
とショックを受けている自分もいるわけで。
揺れ動く乙女心のようです。
胸のドキドキが止まりません。

そんな私のモヤモヤをよそに、
工事はすこぶる順調に進んでいきます。
そして、さらなる悲劇が起きたのです。

ある日、この案件を担当している当社の現場監督が、
オフィスでパソコンに向かっていたので、
「朝里川温泉のマンション、どんな具合?」
と何気なく彼のパソコンの画面をチラッと覗いたら
そこには
「800万円」
の文字が。

ん?

あー、わかった、わかった、わかったぞ。
これは、ものすごい劇的に値段が下がって、
「800円」
になったってことだよね?
ね。
間違いない。
うん、800円なら脇坂肇も安心。

と思いつつ、何度見直しても、
数字は変わらず、
「800万円」
と画面に書いてあります。

背後で微動だにしない社長に向かって、
担当者は明るく、
「あ、なんだかんだで、
積み重なってこの金額になりましたよ、ハハハ!」
と言い放ちました。

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
社長の私の承認をとらないまま、
進んでるじゃないか!

と思ったものの、
打ち合わせで、
Sさんや担当者から何かを聞かれても、
私は
「まあ、細かいことは任せるよ!」
と言っていた気がしてきました。
ていうか、言った。
絶望。

ま、まあ、これでゲストの皆様、社員のみんなが
心地よく過ごしてくれるなら、安いものじゃないか…。
冷静に考えてみれば、
利用するのは、第一線で活躍する設計士の皆さま。
それこそ海外の富豪たちから、
仕事を依頼される人たち。
当然目が肥えている人たちから、
「おお、さすが脇坂工務店さん!」
と言われるような部屋にしなければなりません。
ある意味、うちのショールームですから。

だから、やはり800万円かけるのは
必要だった!と思っています。
自分を思い込ませています。

しかし、思い込みがまだ弱いようで、
気を抜くと、
もう一人の商人脇坂肇が
「800万円も内装にお金をかけて、
元が取れるんだろうか…」
と思っているのです…。

そういえば「800万円」という数字に、
なんだか既視感があるな…と思っていたのですが、
今気づきました。
札幌オフィスをつくった際のリノベーションも、
以前の銭函オフィスのテラス新設も、
かかったお金はそれぞれ800万円でした…。
当時も今回同様、
「お金をかけすぎじゃないだろうか…」
と落ち着かない気持ちになったことを
よく覚えています。
私は800万円という数字に
取り憑かれているのかもしれません。

というわけで、
道外の設計士の皆さん、お仕事、お待ちしています!
うちに依頼すると、
リッツ・カ●ルトン並、
いや、リッツ超えの宿泊部屋がついてきますから。

もうヤケクソになって、室内設備も一級品ばかりです。
高級トイレ、高級シャワー、
高級ミニキッチン、高級ベッド。
仕事がしやすいように高級チェアも入れています。
ゲストの方を部屋にアテンドする際は、
「こちらが高級トイレになりまして、
こちらが高級シャワーブース、こちらが高級ベッドです」
と私が恩着せがましく説明すると思いますが、
どうか生暖かい目で見てあげてください。
500万円も予算オーバーした男ですから…。
まだ動揺が隠しきれていないと思うので…。

あ、この部屋の呼び方も思いつきました。
脇坂工務店による
リッツカ●ルトンを超えた部屋ってことで、
「ワッツカールトン」

ワッツカールトン…。

まだ心の揺れが収まっていないようです。

脇坂肇