「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2022年04月15日 更新

#36

テストに出る話。

脇坂肇

2021年11月10日の朝のこと。
ケータイに着信がありました。
こんな朝早くに誰からだろう…。
胸騒ぎを覚えて、震えるケータイを手にすると、
お客さまである製造会社の社長Kさんです。
当時、社屋の新築工事を依頼されていました。
電話口のKさんは不安そうな声の調子で、
「あ、脇坂さん…、
うちの社屋の工事をやってもらっている
銭函の現場なんだけどさ…。
なんか、たくさんテレビ局が来ているんだけど…」
困惑するKさんの顔と同時に、
前日にテレビで見た、
お天気お姉さんの姿が思い浮かびます。

「明日は道内、
非常に強い風が吹く予報となっています。
十分ご注意ください」

非常に強い風…。
事件の予感です。

Kさんとの出会いは、きりたんぽでした。
あ、正確に言うと、
某銀行が主催した「きりたんぽ会」という
異業種交流会でした。
まあ、銀行名は察してください。
たぶん琉球銀行とかではないと思います。
その席でたまたま隣になったのがKさん。
教育関係の商品を手掛ける、
製造会社の社長さんでした。

きりたんぽの夜から月日が流れて、
1年経ったころでしょうか。
Kさんから連絡がありました。
「札幌市内にある社屋の移転を計画しているんです。
ただ、同じく市内での移転となると、
予算がぜんぜん合わなくて…」
と困っている様子。
聞けば、札幌の土地が高くて、
いかんともしがたい状況だったようです。
しかも、現在社屋がある土地については、
既に売買契約が不動産会社と成立済み。
立ち退きのデッドラインが決まっていることも
その時わかりました。

ならばと、私は得意技を繰り出します。
そうです、銭函です。
当時ちょうど売りに出ていた
銭函の工業団地にある土地を提案しました。
その広さ1800坪。
ただ、Kさんからすると、
「ちょっと大きすぎるかな…」
という規模です。
なるほど、確かにご要望の建物の仕様で、
この広さの土地に建てるとなると、
予算オーバーになりそうです。

そこで、私は必殺技を繰り出しました。
「じゃあ、半分の900坪は私たちが買います。
残りの900坪を購入してもらって、
そこに社屋を建てれば、予算内に収まるはずです」
あまり他社では
こういう提案をしないんじゃないでしょうか。
や、小さな土地ならまだしも、
この規模だとなかなか提案しづらいでしょう。
「買ったはいいけど、その後どうしようもない!」
みたいな事態に陥ると、その必殺技が、
自分自身を必殺させるリスクもありますからね…。
諸刃の剣ってやつです。

Kさんは、この必殺技を喜んでくれて、
土地問題は解決。
さあ、次は建物です。
オーダーされたのは、
1Fを工場、2Fを事務所とする社屋でした。
脇坂工務店は住宅のイメージが強いかもしれませんが、
このようなオフィスや店舗なども数多く手掛けています。
手前味噌にはなりますが、
木造だろうが、鉄骨だろうが、
だいたいのことができます。
RC造の10F建てのビルなんかは、
自社だけでは完結できないものの、
建てられるチームを組んで、
プロデュースすることだって可能です。
ご用命があれば、何なりと!
わかる話の途中ですが
CMをお送りしました。

話を戻すと、
移転前の社屋は鉄骨だったので、
当然、今回も鉄骨で建てたいというのが
当初のオーダー。
ただ、木造と鉄骨の建設費を比較すると、
一般的に言って、坪あたり約10万円も違うんです。
その原因の一つが基礎工事費の違い。
鉄骨だとその重さに耐えるだけの
しっかりとした基礎が必要になるので、
お金がかかるんですよね。
予算の上限は決まっていましたので、
私は木造を薦めました。
「数十年前に建てられた鉄骨よりも、
今の木造のほうが性能も上がっています。
何よりコストを考えたら、オススメですよ!」
そこまで脇坂さんが言うなら、
とKさんからOKが出ました。

あ、
「私から木造を薦めた」
ここテストに出るから、
覚えておいてくださいね…。

次のステップは建物の設計。
1Fの工場部分がやはりキモとなりました。
当然、工場だから作業効率が上がるように、
空間をつくる必要があります。
できるだけ柱は少なくして、
空間を広げることが望ましい。
そのほうが作業する人の動線確保においても、
機械やモノの設置においても都合がいいわけです。
とはいえ、木造なので、ある程度の間隔で柱が必要。
そこで4.5m間隔で柱を建てることにしました。
私たちが考えうる最大幅で間隔をとるということです。

しかし、その後、意外なことが判明します。
設計図が構造上問題がないか専門家が
チェックする「構造計算」において、
この造りだったら、
柱を間引いても大丈夫なことがわかったのです。
これは渡りに船。
倍となる9m間隔で柱を置く設計に
切り替えました。
これで空間が広がり、工場の機能性がアップ。
これはいい!
木造建築にそれなりに携わってきた
私や当社の現場監督でさえ、
「いやー、こういう造りが木造でもできるんだねぇ」
なんて感心しておりました。
ただ、
柱の間隔を4.5mから9mに広げたということは、
そこに渡す木材も長くなってきます。
通常だとあまり使わない、
大きな木材が必要になってくるということ…。
「通常だとあまり使わない、大きな木材が必要」
はい、ここもテストに出ますから…。

そんなこんなで設計が完了し、
2021年7月中頃に基礎工事がスタート。
9月半ばに完了しました。
通常であれば、そのまますぐに建物を建て始めます。
しかし、それができなかったのです。
なぜか。
そう、あのウッドショックが原因です。
世界的な木材不足によって、
発注した木材の納期がずるずると遅れ出したのです。
ご説明のとおり、今回の社屋は、
通常の倍の間隔をとって柱を建てているので、
他ではあまり使わないような長さの木材が必要。
ウッドショックの影響で、
その大きな木材が
「特に」入ってこなくなったのです…。
ほら、なんか嫌な予感がしてきませんか…?

とはいえ、闇雲に時間を浪費するわけにも
いきません。
だって、Kさんの現在の社屋にはデッドラインがあって
期日までに立ち退かないといけないですから。
粘り強く、木材の仕入先に交渉を繰り返しました。
けっして恫喝とかしていないですから。
目は血走っていたかもしれませんが。

結果、木材が入ってくる目処がついたと
連絡をもらいます。
よし、それならば、
すぐに工事に入れるようにしておこう
ってことで、
建設予定地である900坪の土地に、
私たちは足場を組み始めました。

が、待てど暮らせど木材は届きません。
仕入先に問い合わせても
「まもなく、届きますから」
「あと少しで、届きますから」
「ほぼ届いていると言っても過言ではないですから」
と蕎麦屋の出前みたいなことを繰り返しています。

無情にも足場だけが建ったまま、
時間だけが流れていきます。
普通なら足場が建ったら、すぐに建て始めますから、
これは見慣れない光景です。
レアです。
ちなみに大原則として、
足場って外側に倒れるのはご法度です。
路上などに倒れたら、大事故につながりますから
当然ですよね。
だから、
外に倒れないような対策はきちんと施してあります。
ええ、そうです。
「外に倒れないように」
ここもテストに出ますよ…。

ウッドショックのあおりを受けて、
遅々として進まない工事。
足場だけが建っている奇妙な状況。
K社長、心中穏やかじゃなかったことは
想像に難くありません。
社屋の移転って
ものすごくたくさんの調整ごとが発生します。
設備や機械の引っ越し手配やら、
電話やネットの手配、法的手続きなどなど。
しかも、現在会社がある土地は
期日までに明け渡さなければならないという契約。
時間が迫っているのに工事が進まない。
ジリジリ焦る状況です。
でも、K社長は、
変わらず穏やかで落ち着いていました。
人間ができています。

そんなこんなで冒頭の朝を迎えたわけです。
強風が吹き荒れた日の翌朝のことでした。

「テレビ局の人が、
うちの工事現場にたくさん集まっているんだけど…」
というK社長からの電話をうけて、
私は慌てて銭函の現場に車を走らせました。
到着すると、普段は人通りが少ない
工業団地エリアに、見慣れないタイプの人たちが
ぞろぞろといる!
テレビ局のクルーです。
瞬時に、目に焼き付けました。
H●C、S●V、H●Bの3局です。
死ぬまでその3局のことは忘れないことでしょう…。

Kさんの社屋を建てる予定の
工事現場に目をやると、例の足場が
無残にも崩れて、倒れているではありませんか。
いわゆる爆弾低気圧の影響で、
銭函界隈もかなりの風が吹いたようです。
周囲に高い建物がないエリアですし、
さらには現場は線路のそば。
風の通り道のようになっていて、
なおさら風が強かったのでしょう。

ただ、皆さん、冷静になってください。
足場は「敷地内」に倒れ込んでいたのです。
外側に倒れないようにしていたので、
想定内です。
特段、他に被害を及ぼしているようには
見えません。
しかし、テレビ局はその様子を撮影して
報道しようとしている!
確かにテレビ的な視点に立てば、
キャッチーな光景でしょう。
「今回の暴風で工事現場の足場が!」
と伝えたいんだろうと。
ニュースバリューが高いってのは
100万歩譲って理解できます。

ただ、その工事を任されている
工務店の社長としては、
やはりお客さまである
Kさんの心中を想像するわけです。
工事が進まなくて、
ただでさえヤキモキしているところに、
建設予定地がさも問題大ありのように
ニュースとかで取り上げられたら…。
お客さまに余計な心配をかけたくない!
と考えるのが工務店として普通だと思います。

さあ、突然ですが、
ここでテストの時間です。
「問題:このような事態になった
ターニングポイントを答えなさい」
思い出すのです、
私がテストに出ると言ったポイントを…。

回答は、
「私から木造を薦めた」
「通常だとあまり使わない、大きな木材が必要」
「外に倒れないように」
そうです、数多の伏線があったのです。
すべてが絡み合って、
この足場の崩壊につながっていたのです…。
私が良かれと思って薦めたことが、
ことごとく裏目に出ている…。
あれ、これ私のせい…?

…はっ!
最初にKさんと舌鼓を打った
きりたんぽも何かの暗示だったのかもしれません。
なんとなく足場ぽいフォルムですから。
や、これは気のせいか。
それくらい自分は動揺している…!
落ち着け。

というか、
別に何か被害が出ているわけでもないし、
誰かに迷惑をかけているわけでもないのに、
なぜニュースにする!
と私の怒りのボルテージが高まってきました。
欽ちゃんの仮装大賞で20点満点にいく感じを
イメージしてください。

いやいや、ここで怒っていても仕方ないし、
穏やかなKさんを見習って、
自分も冷静に対処しなければ。
よし、H●Cの知り合いに相談してみよう!
(当社のお客さまなのです)
が、こういう時に限って電話に出ない!
ガッデム!
あ、つい、冷静さが。

ならばと、急いで某テレビ局の窓口を調べて、
「これこれこういう事情の工事現場で、
特に人様に迷惑をかけているものでもないから、
報道する必要はないのではないでしょうか…」
と努めて冷静に問い合わせをしてみました。
しかし、
「私たちには報道する義務があるんです!」
の一点張りで話を聞いてもらえない。
「や、それなら、ウッドショックで
木材が入ってこない現状とか、
蕎麦屋のような対応をされ続ける、
工務店の苦悩とかを伝えてくださいよ…。
社会的問題じゃないですか。
あと、脇坂肇を情熱●陸で取り上げるとかも
報道の責務じゃないでしょうか…?」
と言いそうになりましたが、
踏みとどまりました。
人それぞれに正義がありますからね、
誰も悪くないのです…。
「大人…!脇坂肇、大人!」
という賞賛の声が聞こえてきますね。
私が大声で口にしているからですけど。

果たして、私の動きむなしく、
「今日、北海道小樽市銭函の工事現場で、
建設用の足場が崩壊しました。
昨夜から今朝にかけての強風が
原因とみられ…」
と、その日のニュースで
ばっちり紹介されました。
しかも、全国ニュースで。
ヤフーニュースにも出ました…。

もうここまでくると、
普段穏やかなKさんでさえ、
「ゴルラァぁあぁぁぁ!
うちらの社運をかけた、
新社屋が建つ場所で何してくれとんねん!
いっそ、おまえらを足場にしてやろうか!
や、ちがうな…。
人柱。
そう、人柱や…。
いつまでたっても届かない
木材のかわりに人柱にしてやろか…!!」
となぜか巻き舌の関西弁で、
怒り狂っているのではないだろうか…。
私は銭函の空を見上げました。
頬に冷たいものが…。
雨…。
いや、私の涙か…。

9 0 0

その翌日、私は現場監督を引き連れて、
Kさんの元へ向かいました。
お詫びです。
「この度は誠に申し訳ございませんでした!
でも、人柱だけは勘弁してください!」
と地上高5mmくらいの位置まで
頭を下げた私たち(イメージです)。
するとKさんは、
「いや、まあ、仕方ないですよねぇ。
誰が悪いってわけでもないし」
と仰ってくれました。

あぁ、なんて良いクライアントに恵まれたんだろう。
こんな状況なのに穏やかだ…。
それに引き換え、私はまだまだ人間として未熟…。
お恥ずかしい。
でも、冷静に考えると、
木材が入ってこないのも、
最近お腹周りが気になるのも、
ラジオのトークでスベったのも、
すべてはテレビ局のせいな気がしてきた。
ぐぬぬ、一生忘れないぞ…!
金輪際あなたたちのテレビは観ない!
情熱●陸に出してくれるなら、
話は別だけど!
(こういうところを未熟って言うんですね)

実はこの騒動があった翌日、
ラジオ出演があったんですが、
懇意にしているディレクターから
「あれ?脇坂さん、元気ないですね」
と声をかけられました。
タフガイ脇坂で鳴らしている私が、
それくらいダメージを受けていたのです。
というか、むしろこれを報道して欲しかった。

「速報です。話のわかる工務店、
脇坂工務店の代表取締役社長である
脇坂肇が心労により、元気がない模様です。
関係者の話によると、
先日の強風が原因とみられています。
世界中から脇坂肇の回復を願う声が
上がっています。
“# PRAY FOR WAKISAKA”
が合言葉になっており…」

…みたいなニュースをやって欲しかった。
ええ、わかってます。
これを世間ではフェイクニュースと呼ぶことを…。

後日、崩れた足場は補強して立て直し、
やっと蕎麦…
じゃなかった、木材も届いたので、
11月末から工事がスタート。
予定より1ヶ月遅れの2022年1月中頃、
ついに、ついに社屋が完成しました。

先日、引っ越し後の落ち着いた頃に、
Kさんの新社屋を訪ねてみました。
まず最初に感じたのは工場内の暖かさ。
30年前の鉄骨の建物と比べると、
やはり建築は進歩していると実感しました。
「暖房の燃料代は半分以下になるんじゃないかな」
とKさんも満足そうです。
工事自体は評価いただけたようで、
今でも良いお付き合いをさせてもらっています。

今回は全国ニュースになるような
トラブルに巻き込まれた顛末をお伝えしたわけですが、
最後にひとつ。
覚えていらっしゃるでしょうか。
Kさんの社屋が建った900坪の土地の片割れ。
そう、私が取得した隣の900坪の土地のことです。

取得した2021年の夏に、
すぐに売りに出したのですが、
数件の問い合わせがあったものの不成立。
そこで私は作戦を変更します。
売るのではなく、
地代をもらって貸すことに決めました。
借地ってことですね。
坪あたりホニャラ万円に設定したら、
月額ホニャララ万円となって、
年間ホニャラララ万円
利回りがホニャラララ万円になる計算。
オトナの事情で詳細は書けませんけど。

仲介してくれる不動産会社と
その辺りの数字を決めて、
募集を始めたところ、
借りたいという人が表れたのです。
誰もが知る大手メーカーです。
大手企業って土地を買わずに、
借りるパターンが多いんですよね。
倉庫用地として使いたいという話でした。
そこで、倉庫の建物は脇坂工務店で建てて、
それを貸し出す方式を取りました。
いわゆるリースバックという手法です。

もともと1800坪の土地のうち、
半分の900坪を買い取ったのは、
Kさんというクライアントのためでした。
困っているなら、じゃあ力になりましょうか、と。
「話のわかる工務店」と
謳っているわけですから、
このくらいのことはお茶の子さいさいです。
かたや、当然のことながら、
ボランティアで買ったわけではなく、
当社のビジネスも考えた上での決断でした。
銭函エリアで広めの土地を探す人が
チラホラいることを、
肌感覚でつかんでいたからです。
きっと欲しいという人が現れるはず!
という読みでした。
まあ、危なく買い手がつかないところでしたが…。

兎にも角にも、一件落着でございます。
ひどい嵐が過ぎ去った後は、
気持ちのいい青空が広がったと思える出来事でした。
ええ、転んでもただでは起きない脇坂です。
いや違うな、
「足場は倒れたけど、脇坂は倒れない」
だな…。
これもテストに出ますから…!

脇坂肇