「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2020年7月21日 更新

#15

脇坂、危機一髪。

脇坂肇

長い人生、生きていれば色んなことが起こります。
みなさんも一つや二つ、
ドラマみたいな経験をお持ちではないでしょうか。
「嘘でしょ!」
と未だに思ってしまうような話が私にもあります。
最近、友人との会話からふいに思い出しました。
なぜか最近まですっかり脳内から
消え去っていたんですよね…。
あまりの展開だったので、
ショックから忘れていたのかもしれません。
で、文字にしてみたら一大叙事詩になりました。
いつもより130%増量でお届けします。

50坪×2区画、建築条件付き。
2012年、私たちは東区で土地を売りに出しました。
まあ、いわゆる普通の土地ですが、
Webに情報を載せたところ、
すぐに問い合わせが入りました。
電話に出てみると
受話器の向こうからは東北弁が聞こえてきます。
「私、東京の者なんですけど、
札幌行きますんで、一度土地を見せてもらえませんか」

後日姿を現したのは、50代後半くらいの男性でした。
東京で乾物商をやっていると名刺に書いてあります。
人なつこい顔つきに東北なまりもあいまって、
どう見てもいい人な印象。
ここでは「トウホクさん」と呼ぶことにします。

「実はですね、土地を買いたいのは私じゃなくて、
知り合いの社長なんです。
彼から頼まれて土地を見にきたんです」
と切り出したトウホクさん。
なんでも依頼主は
関東圏で貸し倉庫業を手広く展開している
ザ・お金持ちの社長だそうです。
土地は2区画とも買うことを検討していると。
「どういった用途で土地をお探しなんですか?」
と私が尋ねると、
「彼女のために家を建ててあげたいんですって」
社長の彼女はもともと
東京の飲み屋さんで働いていたけど、
近々故郷の北海道に戻ることを希望している。
実家のある苫小牧のお母さんも呼んで、
札幌で一緒に暮らすための家を建ててあげたい。
そんな話でした。
まあ、彼女という名の愛人ですね…きっと。

こういった話自体は珍しいものではありません。
紹介で家を建てていくことはけっこうあるんです。
設計士さんから
「施工を脇坂さんに頼みたいんだ」
という話の時は、施主さんに会わずに
仕事が進むこともありますから。

次回の打ち合わせでは社長を交えて、
具体的なプランを練ることに。
「近々社長が札幌に来るから、
日程が具体的にわかったら、また連絡します」
と東北弁で言われ、
最後までいい人オーラ全開で彼は帰っていきました。

「これはいけそうだな…」
この時点で私は正直こう思っていました。
数十年も営業をやっていると、
かなりの確率でその後の展開が読めるものです。

が、実際には読めた気になっていただけだったのです…。
嘘でしょ…。

後日トウホクさんから連絡があり、
社長との打ち合わせ日時が決まりました。
場所は、社長の宿泊している後楽園ホテル。
朝10時に宿泊している部屋にお邪魔して、
社長とご対面です。
彼女も合流することになっていたのですが、
姿が見えません。
どうやら彼女は一度苫小牧の実家を訪れており、
苫小牧から札幌に向かおうとしたものの、
電車が遅れているとのことでした。

彼女の遅刻に「仕方ねーなぁ」なんて
社長はブツブツ言いながら、私に
「脇坂さん、あなた時間大丈夫?」
なんて聞いてきます。
「あ、大丈夫ですよ。
今日は社長のために1日空けてあります」
と答えたタイミングで、
ドアがノックされました。

別の男性が客室を訪ねてきたのです。
社長と顔なじみの札幌在住の人で、
トウホクさんとも面識あるようです。
彼のことは、
サッポロさんとしておきましょう。

会って早々、社長とサッポロさんは、
「今度は勝つからな!」
と話しています。
何のことだろうと思ったら、
バクチのことでした。
会話の流れから推測するに、
どうやら先日社長とサッポロさんは賭け事をやって
社長がボロ負けしたようです。

「時間あるなら、“ウマ”やりましょうよ、社長」
サッポロさんの一言がきっかけとなり、
トウホクさん含めて3人は
ホテルの部屋でバクチを始めました。
“ウマ”とは競馬をモチーフにした
トランプゲームのようです。
私は参加せずに黙って見ていたのですが、
あれよあれよという間に社長は負けていきます。
ゲームに詳しくない私でも
状況がわかるくらいの負けっぷりでした。

すると、社長の電話が鳴りました。
彼女からです。
「お、着いたか。ちょっと待ってろ」
と彼女を迎えに行くため社長が部屋を出ていった途端、
トウホクさんと、サッポロさんはニヤニヤ笑いながら、
「社長ぜんぜん勝てないだろ?」
と私に話しかけてきます。
「そうですね。お二人とも強いですね」
「いやいや、ちがうんだよ。これはね…」
といってバクチのカラクリを私に教え始めました。
実はそのやり方さえ知っていれば
100%勝てるゲームだったのです。
「社長だけが知らないからさ、
脇坂さんもいっしょにやろうよ」
「え…」と思いつつ、
雰囲気的に断りきれない状況です。

やがて、社長が戻ってきました。
「彼女は別の部屋で休んでいるからさ。
ほら、もうちょっとやろうぜ」
と言っているので、
誘われるがまま私もおっかなびっくり加わって、
ウマを4人で再開しました。
トウホク&サッポロコンビが
教えてくれたとおりにやってみると、
面白いようにぜんぶ私が勝っていきます。
5万円くらい賭けて、10数万円くらい勝ちました。

サッポロさんに負けて、
さらには初心者の私にも負けて、
ヒートアップする社長。
「頭にきた!次は勝つ!」
とか大声を出して、
自分の足元に置いてあった
ジェラルミン・ケースをガバッと開けました。
するとそこには…。
1万円札の束がぎっしり詰まっていたんです。
映画とかでよく見るあの感じです。
商売柄お金を見慣れている私ですら、
さすがにギョッとしました。

そのままウマを続け、
お昼を過ぎたころに社長が
「そうだ、ちょっと用事があるから、一度外に出るわ」
と言い出します。
じゃ一度解散して、
午後からまたやるかということになり、
ほぼほぼ私が勝っていたのですが、
テーブルにあった掛け金は
一度すべてトウホクさんが集めていました。

社長がいない間は特にすることもなく、
ちょっとお金でもおろしてこようと思い、
車で銀行に向かおうとした私。
「ちょっと外の空気を吸いに出たいから、
オレもついていっていいかい」
とトウホクさんも付いてきます。

隣にトウホクさんを乗せ、
車を走らせていると、
ちょっと興奮状態にあった自分の頭が
すーっと冷静になっていく感じがしました。
「愛人のために家を建てようとしている、
バクチ好きなちょっとバカぽい社長。
でも、私にとっては大事なお客さまだし、
あんな風に騙していいんだろうか…」

「私、やっぱり午後からのアレ、やめておきますよ」
トウホクさんにそう告げると、
「おお、そうかそうか、わかったわ」
とあっさりOKされ、
「じゃあ、終わったらまた連絡しますから。
そこからもっと具体的に家の話をしましょうよ」
ということになり、
ホテル前でトウホクさんをおろして一度別れました。

それがトウホクさんとの最後のやりとりになったのです。

一人で昼食をすませ、
トウホクさんからの連絡を待つ私。
しかし待てど暮らせど連絡がありません。
こちらから連絡してみても電話に出ない。
おかしいな、
社長と彼女がケンカでもしちゃったのかな…
と思いつつ、夕方になっても連絡が来ない。

そこで私は、トウホクさんの名刺を引っ張り出して、
会社の番号に電話してみました。
数コールで女性が出ます。
「トウホク…ですか?
えーと、ああ、株式会社●●のトウホクですね。
只今不在にしております。
折り返し致しましょうか?」
つながった先は、
話しぶりや電話の向こう側の雰囲気から察するに、
明らかに電話代行の会社だったのです。
「え…」
すぐさまGoogle Mapで名刺の住所を調べてみても、
そこに乾物屋などはなく、
電話代行の会社しかありません。
そこでようやく私は気づいたのです。
「あ、騙された…」

ネットで「トランプゲーム 詐欺」と検索してみると、
外国でよく日本人がカモにされる詐欺の情報が
たくさん出てきました。
内容を読んでみると、
私が経験したことに非常に似ている。
間違いなく3人はグルで、
私から巻き上げようとしていたんでしょう。
結局、私は賭けた5万円を損しました。
(お昼休憩の時にトウホクさんが
みんなの賭け金を回収していましたから…)

とは言え、ポジティブな私。
危ない目にあわなかったことをいいことに、
このエピソードは酒の席での鉄板トークになりました。
詐欺にあう機会なんてそうそうないですし、
聴いた人がみんな喜んでくれるので、
5万円の元は完全に取った気分。
そんなこんなで、
次第にこの一件のことは忘れていきました。

半年後のある夜。
私は自宅のリビングでテレビを見ていました。
犯罪者などを番組スタッフが追い詰めていき、
弁護士たちと対決させたりする番組です。
いろんな詐欺の手口が紹介されており、
人の心理を知る上では勉強になると思って、
よく見ていた番組だったのです。

その日の目玉は、
北海道の温泉ホテルを騙した詐欺師との対決でした。
「北海道でも詐欺ってあるんだなぁ…」
と思っていたら、その首謀者が
モザイク入りでインタビューに答えています。
彼の声を聴いた瞬間、
私は思わず声を上げました。
「あ、トウホクさん…!」
そうなんです、その詐欺師は、
私にコンタクトを取ってきた、
あの東北なまりの男性だったのです。
顔は見えないものの、声と話し方ですぐにわかりました。
「やっぱり本物の詐欺師だったんだ…」
まさかテレビ画面を通して彼と再会するとは!

営業マンという仕事は、
心のキャッチボールをする人だと思っていて。
自分は心理的な交渉ごとには、
慣れているものだと信じていました。
が、私はコロッと騙されたんですよね。
あの時、もしも自分のカバンのなかに
たまたま200万とか300万とか入っていたとしたら…。
完全にやられていたでしょうね、きっと。
しかも、私のように途中でおりたとしても、
バクチに参加した後ろめたさがあって、
警察には通報しにくいものです。
また、結果的に巻き上げられたのは5万円。
絶妙に諦めのつく金額です。
非常に巧妙なやり方。
敵ながらアッパレでした。
(もちろん犯罪はダメですよ!)
それに社長やサッポロさんの顔が
どうしても思い出せないんですよ。
きっと首謀者はトウホクさんで、
印象の薄い二人を
引っ張ってきたんじゃないかと推測しています。

思い返してみると、
ツッコミどころはいくつかあるんですよね。
大金持ちなのに、
なんで宿泊先が後楽園ホテルなんだろう、とか。
(お金持ちの方の定宿は、
グランドホテルとかパークホテルとかです)
アタッシュケースに札束がつまっていましたが、
私の知っている本当のお金持ちは、
人様にお金を見せないものなので、
アレ?とは思っていました。
何よりお昼のタイミングでバクチを断れたのは、
商人のプライドのようなもの。
おバカ社長がいくら相手だったとしても、
お金をちょっと巻き上げられたところで
痛くも痒くもないお金持ちだったとしても、
騙すのは商人としての哲学に反するな、と。

これまでも変な話はたくさんあったんですよ。
「米軍基地建設を手伝ってくれないか」
「NASAが開発した塗料の代理店やらないか」
「臭いを劇的に吸収する炭の塗料を買わないか」
この手の話は、
ちょいちょい舞い込んでくるのですが、
一度も騙されたことはなかったのです。
なので、これが唯一の騙された経験。
お恥ずかしい限りです…。
ちなみに、トウホクさんを通して売ろうとした土地には
現在2軒の家が何事もなかったように建っています。
その前を通るたび、また元後楽園ホテルの前を通る時、
私はあの幻のような出来事を思い出して、
兜の緒を締め直すのです。

それにしても、東北なまりとかに弱いんですよね。
それだけで良い人でしょ、とか思っちゃうんですよねぇ。
え、京都弁の女性からの問い合わせがもしあったら?
あ、すぐに騙されますね。
いや、むしろ騙されたい。

脇坂肇